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和歌山簡易裁判所 昭和30年(ハ)371号 判決 1956年4月17日

原告

島津右之進

被告

岡田春夫

主文

被告は原告に対し、金一万五、〇〇〇円及びこれに対する昭和三〇年九月一一日以降完済に至るまで、年五分の割合による金員を支払はねばならない。

原告はその余の請求を棄却する。

訴訟費用は二分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

本判決中原告勝訴の部分に限り原告に於て金五、〇〇〇円の担保を供するときは仮に執行出来る。

事実

(省略)

理由

原告は畑二反、水田七反四畝を耕作する自作農であること、昭和二八年六月二日に、原告主張の場所で、その主張の様な原因から被告が原告の胸部を突き、この為原告が附近の溝中に転落して臀部並に腰部各打撲傷及び胸部圧迫による胸痛の傷害を受けたこと、は何れも被告の認めるところである。原告は右受傷の為一〇日間農耕に従事することが出来ず、この間原告に代つて牛耕の出来る者を一日一、〇〇〇円の日当で雇入れ、その報酬として合計一万円の支出を余儀なくせしめられたと主張するので考えるに、成る程、証人辻本一市、同島津いとの各証言並に原告本人尋問の結果によると、当時は恰も農繁期に当り多忙の時期であつたに拘らず(この点は被告の認めるところである)原告は右受傷により一時農耕に従事することが出来ず、この為訴外辻本一市に農業の手伝いをして貰い、その謝礼として同人に金一万円を交付したことが認められるけれども、凡そ不法行為により被害者に無用の出費を生じた場合にも、その出費のうち、当該の場合に普通の者の支出する普通の額についてのみ、これが賠償を加害者に求め得るに過ぎないのであつて、これを本件について云へば右受傷により原告が休業せざるを得なかつた期間に、当時の辻本の農耕技術の程度その他諸般の状況より見た辻本の相当日当額を乗じて得た額の範囲に限られるべきものである。(因に、本件は原告の負傷により、原告と同程度の農耕技術を有する者を雇入れた場合に支出を要したであらう処の費用の賠償を求めるものではないのであるから、右日当額を考えるに当り当時の原告の農耕技術の程度を考慮すべきものではないのである。)ところで、原告が右受傷により実際休業した日数は原告本人尋問の結果、並に原告の妻である証人島津いとの証言によるも必ずしも明確ではないが、成立に争ない甲第一号証によれば原告の右傷害は治療まで(全治までの意と解する)一〇日を要するものであることが認められ原告が仮令右期間経過前即ち六月一二日以前から既に農業に従事していたとしても(証人木村孫之進の証言によれば、原告は受傷して二、三日後頃から、畑に出ていたことが認められる。)右期間中は満足な(健康時と同様な)仕事をなし得なかつたものと推認し得られるから結局全治迄の一〇日間が原告の休業日数であつたと認める。証人島津いとの証言並に原告本人尋問の結果中右認定に反する部分は信用しない。次に辻本の相当日当額についてみるに、証人辻本一市、同島津いと、同木村孫之進の各証言によると、辻本(現在二四才)は原告の妻いとの甥に当り、大阪で失職して、隅々同年五月末頃から同年一一月二〇日頃まで原告方に寄寓していたもので、右寄寓期間中原告方の農業の手伝をする反面、特に食費等の提供もしていないこと、同人はもともと百姓仕事には素人であり、殊に牛耕などは出来ないこと、他方原告の地方では百姓仕事の手伝は普段は日当三五〇円程度で食事も自弁であり、田植時の忙しいときは田植の熟練者で日当六〇〇円乃至七〇〇円程度であること、以上の事実が認められ、これに原告の休業時期が農繁期であつた事実を参酌して、辻本の日当額は金五〇〇円を以て相当であると考える。そうとすれば、この日当額に前記原告の休業日数一〇日を乗じて得た金五、〇〇〇円の範囲に於て、原告の前記出費の賠償を求め得るものである。次に慰藉料の額について考えるに、証人木村孫之進の証言によれば、原告の転落した溝は深さ三尺、巾二尺位のものであつたことが認められ、右転落による原告の受傷の部位、程度は何れも前認定の通りであつて、左程大きな怪我であるとは云えない。尚証人島津いとの証言並に原告本人尋問の結果中には右受傷後胸痛が相当長期間持続した旨の供述が存するが、右胸痛は被告が胸部を衝いたことに起因するものか、或は溝中に転落した際何物かに当つた為かは明かではないが、何れにしても左程大きな打撃があつたとは考えられず、又当時原告の年令は既に五十才余に達していたとは云へ尚健康体であつて、特に胸部の疾患もなかつたことは原告の自陳するところであるから、右証言並に原告本人の供述は共にたやすく信用することは出来ない。而して原告は前認定の通り、畑二反、水田七反四畝を自作しているものであるに反し(家族は妻いと、長女二四年、二女二一年、長男一九年、二男一二年、三女九年の七人)、被告は現在他に店員として勤務しているもので、経済的には恵まれた方でないことが証人木村孫之進の証言によつて認められ、これ等の事情を綜合すれば、原告の前記受傷による精神的苦痛を慰藉するには金一万円を以て相当であると考える。以上の次第であるから、被告は原告に対し、右合計一万五、〇〇〇円及びこれに対する訴状送達の日の翌日であること記録上明らかな昭和三〇年九月一一日以降完済に至るまで、民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払ふべき義務あるものである仍てこの範囲に於て原告の本訴請求を認容し、これを超過する部分は失当であつて棄却することゝし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条を各適用して主文の通り判決する。

(裁判官 林義一)

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